2017年10月14日(土) 日碌

■この前の水曜日の夜、この夜も早めに就寝したのだけれど、やっぱり訳のわからない夢にうなされた。おまけに腹痛にまで見舞われてしまい、午前3時前にトイレに駆け込んだ。ところが腹は痛いものの、出て欲しいものがなかなか出てくれない。
 腹の痛み具合から、おそらくよく起こす腹痛&下痢の症状と思えた。これは例えばお通じが来ない日が続き、それにも関わらず普通に食事を摂り続けると腸が突然悲鳴をあげるのだ。「もういっぱいいっぱいで、これ以上は無理なのよ!」と訴えるのだ。それは大抵の場合、真夜中だ。本来なら眠り続けているはずの僕の脳は腸のその悲鳴のような訴えに目覚め、腸の筋肉に排泄命令を出すのだ。腸は更なる悲鳴をあげて、今度は僕を起こそうとする。しかし眠っているのを起こすのが申し訳ないからか、刺すような痛みではなく重くどんよりとした痛みをぶつけてきて、ジワジワと起こしにかかる。これが訳のわからない夢と重なって僕の精神を更に陰鬱にさせる。そして、やがて僕には精神的にも肉体的にも最悪の部類と言える目覚めがやってくるのである。
 この夜、僕は約1時間ほどトイレの中で籠った。前夜に続き(やっぱり僕に降りかかったこの出来事のせいで起こしてしまったのだろう)家人がトイレの側までやってきて、「大丈夫なん? あんまり長いから……」と僕に声をかけてきた。
 僕は家人にドア越しに「うん、なかなか出てくれないだけで大丈夫やから気にせんと寝てて」と言った。申し訳ないとも思ったが、こればっかりはどうしようもない。
 それからしばらくして、やっと出るものが(どっさりと)出てくれて、僕は痛みから解放された。
 寝床に戻って目を閉じた。今何時だろうと思って時計を見ようかと思ったが、やめといた。どうせこのまままた眠れずに微睡むだけ微睡んで、アラーム音を聞く前に目覚ましを切ることになるだろうと思ったからだ。
 そしてそれはその通りになった。

 翌日の夜も早めに寝床に入った。家人から、「今夜こそ、ちゃんと寝れたらいいね」と言われ、「朝まで眠れることを祈っていてくれ」と答えた。
 腹痛には見舞われなかったが、やっぱり訳のわからない夢を見続けた。

 昨夜、僕は早めに寝床に入らず、午前2時前まで起きていた。その頃になると、けっこうな眠気に襲われた。これで今夜こそぐっすり眠れるかなと思った。翌日(つまりは今日)は仕事が休みだから、寝過ごしたって何も問題がないのだ。だから気にせずに寝床に入った。

 確かにいつもよりは眠ることができた。だがやっぱり訳のわからない夢を見続けていた。

 最近のこの状況は僕にあることを気付かさせた。
 僕は同じような夢を昔から何度も見続けている。
 僕は夢の中でいつも同じビルの(けっこう広い)一室にいるのだ。どうやらそこは僕の職場らしい。僕のデスクがあって僕はそこで仕事をしているのだ。もちろん周りにはたくさんの同僚がいて、同じように仕事をしている。時に議論し、時に教えを乞い、時に談笑し、時にサボっている。だがそれらは現実的にはあり得ないようなスタイルや方法だ。夢の中の僕や周りの人々にとっては、それが普通なのであろうが、夢の中で意識として存在している現実の僕は、それが訳がわからないからうなされてしまうのだ。

 夢の世界にいる僕は、きっとそこでずっと昔から働いているのだ。これに気が付いてから僕の頭の中に忘れてしまっていた夢の光景が、いくつも蘇ってきた。これって間違いなく十年以上も前に見た夢だと確信が持てる夢が蘇ったし、それの延長線上にあるんだと説明のつく夢のことも思い出した。。

 夢の中の僕は夢の中の僕として夢の中の世界で生き続けているのだ。
 現実的には存在しない世界で、現実的には見たこともない場所で、現実的には存在もしていない人達と、現実的には理解することが超難しい仕事を、現実的には決して思いつかないような方法で、現実の僕には何も教えることなく、夢の中の僕は仕事をしているのである。

 僕は考えた。
 どうすれば現実の僕は夢の中の僕と交信できるのだろうかと。
 夢の中の僕が夢の中でやっている行為は現実の僕を悩ませ続けている。まるで夢の中の僕が現実の僕に、その行為がもたらす「悩ましい」という意識だけを押し付けているようで、それを現実の僕は夢の中の僕にやめさせたいのだ。夢の中の僕が背負うべき悩みは、やっぱり現実の僕ではなく、夢の中の僕が背負うべきだと訴えたいのだ。現実の僕は既に現実の世界で背負うべき悩みでいっぱいなのだ。夢の中の僕の悩みまで背負いきれないのだ。だから「それはお前が担当すべきだ!」と夢の中の僕に説教したいのだ。そのためには僕は夢の中の僕と交信する必要があるのだ。
 どうやればそれができるのだろうか。

 何をバカなことをと思われるかも知れない。しかし他人様にとってバカなことと思えることが今の僕にとってはそうではないのだ。
 何か方法はないものか? フロイトやユングに訊いてみたいものだ。

■僕にはお気に入りのブログがいくつかある。そのうちの一つについては、以前から時折コメントを入れさせて頂いていたりしていた。そのブログの主様は僕よりもけっこう年配の方で、それだからだろう、その方が書かれる文章に僕は「読ませる文章だなあ」と、よく感心したりするのであるが、その方が今月のはじめに、とある手術を受けられ、そして先日無事に退院された。その報告がブログ上にされていたものだから、僕はコメントを寄せた。

「無事に退院されてよかった」という旨を書いた。もちろん自分のペンネームも書いた。

 すぐにレスがついた。

「えーっと、どこのどなたかわからないけど、ありがとう」

 正直言って、ちょっとショックだった。
 
 

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