2017年8月20日(日) 日碌(ちょいと長文かも……)

2017年8月20日(日)の備忘録っぽい日碌

■午前8時頃起床。家人はまだ寝ていた。起こさぬようゆっくりと寝床を出る。
 顔を洗いワンコの朝の散歩に出る頃、家人が起きてきた。
 ワンコと共に外に出る。
 今日もやっぱり暑くなりそうだ……。

■散歩から戻るとすぐに掃除機掛けを実施。既に散歩によって大汗をかいた。それを引っ込ませた後、掃除機掛けでまた大汗をかくのだったら、勢いでこのままやってしまった方がいいと思ったのだ。
 ワンコのエサやりは家人に任せて僕は掃除機掛けを実行。それがすむとモップにて床を水拭きだ。最近水拭きをしていなかったから気になっていた。床のところどころにワンコの足跡が見受けられていたのだ。掃除機掛けで既に上半身と頭は汗だくだ。その状態で水拭きをしていると更に汗が噴き出してきて、それが床にポタポタと落ちる。それをも含めてモップで拭きとる。今日はこれからどれくらいの汗を放出させることになるのだろうと考えながらモップをあっちへこっちへと動かした。

■10時過ぎにやるべきことは終わった。

■例によって写経と奉納ギター演奏を実施。考えてみたら昨日はこれらをし忘れていた。まあいいだろう。これは絶対にやるというものではない。確かに僕の中では修行という位置づけにしてはいるが毎日必ずやるというものではない。できる時にできるだけやるというものだ。大事なのはできるだけ長く続けるということ。そのためにも自分で自分に無理強いするようなことはしない。

■午後12時頃、昼食。出来合いのおろしそばを頂く。冷たくておいしかった。

■その後ブログの整備をする。ある部分の出方が以前から気に入らなかった。それを何とかしようと四苦八苦。WordPressというものを使い、更にはそれ用のプラグインというものを数種類利用しているので、何がどこで制御されているのか確かめたり思い出したりするのに手間がかかった。
 こういうツールは高機能だけれどその分扱い方が複雑になる。しかも設定関係って一度やってしまうとしばらくはいじらないから、そのやり方をいつの間にか忘れてしまうのだ。次に行った場合に時間がかかるのは、これが原因であることが多い。すなわち以前やったことを思い出すのに余計な時間がかかるのである。
 だから今回は行ったことをできるだけビジュアル化して残すことにした。

 僕は仕事でもよくやるのだけれど、未来の自分向けによく取説みたいなものを作って残す。時間が経つと僕自身でさえ「あの日の自分に訊きたい!」と思うことがよくあるからだ。しかもそれを見れば僕だけではなく、誰でもその作業ができるというようなものを作る。最初は時間を取るがそれがあれば次回作業時にかかる時間は大幅に短縮されるのだ。
 内容はさほど大したものではない。それぞれの操作画面をキャプチャーして画像として残し、それをエクセルファイルに貼り付けて自分なりの説明文を記す。これがあれば次に作業する際にスムーズに行える。文章だけだとイメージしにくいが画像があるからすぐにわかる。この手の資料があるのとないのとでは全然違うのだ。

 しかし最近はこういうことをすることに理解を示さない人が少なくない。特に若くて優秀な人ほど「頭の中にしっかり入っているから大丈夫」と考えがちのようだ。予算と工数の都合上、そういうことをやっていられないと言う人もいる。
 僕も若い頃はそうだった。一度やったことは大抵の場合記憶として残り、次に同じことをやる際はそれがすぐに蘇った。だからそんなものを作ることに時間なんてかけていられないとも思った。
 しかし歳を取れば取るほど記憶力は落ちてくる。覚えるのに時間がかかるようになるし、過去に覚えたことを思い出すのにも時間がかかるようになる。そしていつの間にか思い出そうにも思い出せなくなったりするのだ。
 そんな時に役に立つのが今回のような未来の自分に向けた取説だ。別に取説である必要はない。要は自分が行ったことのできるだけ詳細な履歴だ。それがあれば何とかなることが多い。そこにある文言なり画像を見たことがきっかけになって忘れていた記憶が呼び起こされることだって珍しくない。
 僕は30代半ばの頃にそれに気が付き、以降できるだけ自分の仕事に関する履歴を残すようにした。もちろん作ったもののまったく再利用されなかったものもあったが、総じてそうやって作ったものは僕自身を間違いなく支えてくれた。
「この作業なら以前作った資料があるから大丈夫だ」
 何よりあるのとないのとでは精神的な負荷が違った。あればそれは精神を支える支柱にもなるのだ。これは本当に大きかった。

 今回の場合は僕個人のブログの設定に関することなので精神的負荷もクソもないのだけれど、今後今回と同じようなことをしなければならなくなった時、僕の性格上間違いなく「これこの前やったやんけ! どないしてやったんやったっけ? あかん、思い出されへん。チキショー!」と文句たらたらに後悔するだろう。だがその時僕は「そうや。へへッ、前にやった時、そう言えばメモっぽいもん作って残しといたわ」と今回作成した自分向けの取説を見るのである。

 うん、これで万全である。

 でも待てよ。その時、その「メモっぽいもん」をどこに格納したか思い出せるだろうか?
 それ以前に「メモっぽいもん」を作ったってことを思い出さなかったらどうしよう。

 あ~あ、嫌だなあ。
 歳は取りたくないなあ……。

 それに対するメモも残しておかねばならんな、やっぱり……。
 で、そのメモのありかを示すメモも残して、更にはまたそのメモのありかを示すメモも残して……。
 きりがないよな。アハハハハ!

■午後3時過ぎ。何気にテレビをつけたら懐かしい映画がやっていた。

「私をスキーに連れてって」

 1987年公開のホイチョイプロダクション製作の映画。主演は原田知世と三上博史。今から30年前の映画だ。
 この頃はスキーがメチャクチャ流行っていた。今では考えられないくらいにだ。
 それにしても破天荒な映画だ。いくら何でも現実にはあり得んと思えるようなシーンが多々出てくる。まさにバブル華やかなりし頃の映画の代表の一つ。
 とは言え僕自身があの映画の主人公たちとまったく同じ世代だと今更ながらに気付き、思わず笑ってしまった。あんないい思いなんてあの頃僕は一つとして経験したことがない。それ以前に僕はあの頃のスキーブームにどうしても馴染めなくて、会社のレクリエーションクラブの幹事であった時に一度だけ嫌々行った事を除き、その他は一度としてスキーには行かなかった。あの頃の僕の頭の中にはなぜだか今もわからないのだけれど「スキー=ナンパ」という偏見とも言える構図が頭に蔓延っていて、それがどうしても好きになれなかったのだ。
 たぶん当時は女子にあまりにも縁がなかったから意固地になっていたんじゃないかと自己分析している。
 他にも今観ると「ああ、そうだった」と今更ながらに思ってしまう場面がいくつかあった。
 例えば職場の風景。
 それぞれのデスクの上には液晶ディスプレイやキーボードがないのだ。もちろんノートパソコンなんてものもない。おそらくワープロのものであろう大きなCRTがぽつんとあるくらいだ。その机で皆プカプカと煙草を吸っている。フロア内を歩きながら吸っている奴もいる。会議室でも当たり前のように灰皿が置かれていて、皆プカプカと煙を出している。
 もちろん携帯電話なんてものはない。おしゃれなお店に置いてあったのはピンクの公衆電話だ。
 ゲレンデでの連絡手段は携帯無線だった。これはおそらくあの映画におけるバブリーな設定によるものだろう。当時周りでスキーによく行っていた人間で個人的に携帯無線を持っていたという奴を僕はほとんど見たことがない。つまり現実的には携帯無線を使っていたスキーヤーなんてほんの一握りだったということだ。
 しかし今ならあのシーンは当たり前のようにスマホを使ったシーンになるのだろう。そしてそのシーンを観ても誰も憧憬みたいな気持ちは抱かないだろう。当時は携帯無線で話をするだなんて「すすんでるぅ」(死語だな……)の域だったのだけどね。

 あの頃ゲレンデでワーワーキャーキャーやっていたトレンディ人間達は、今ではそのほとんどが還暦前後で人によっては今の若者たちから疎んじられていたりする。
 更にはあの頃あれほどの隆盛を極めたスキーブームも今や完全に落ちぶれてしまい、スキー人口はピーク時の3分の1以下にまで激減した。
「今は昔」、「栄枯盛衰」、「盛者必衰」だとつくづく思う。

 その後テレビでは引き続き「彼女が水着にきがえたら」という映画の放送が始まった。「私をスキーに連れてって」がヒットしたからだろう、今度はスキーからマリンスポーツに鞍替えして製作された同じような内容の映画。「私をスキーに連れてって」と同じくホイチョイプロダクションが製作し、これまた
「私をスキーに連れてって」と同じく原田知世が主演した。1989年に公開された。

 観るかどうか迷ったが、やめにした。過去に何度か観ていてストーリーも知っている。何より「私をスキーに連れてって」を観てノスタルジック感はもうお腹いっぱいのレベル。今はこれ以上過去の思い出に浸る気はない。
 過去の思い出に浸るのは、たまにはいいが過ぎるといけないのだ。
 まだまだ僕は思い出に浸ったりすがったりして生きるような歳ではないはずだ。

■さてさて、今日の夕飯は何だろう?

 その前に夕方のワンコの散歩に行ってくるとしよう。
 
 

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