2017年8月6日(日) 日碌

2017年8月6日(日)の備忘録っぽい日碌

 家人共々午前7時半頃に起床。今日は家人と二人で家人の実家に行く。
 その前に例によっていつもの朝のおつとめだ。家人は洗濯。僕はワンコの世話と掃除機掛け。娘は昨夜は友人宅にお泊りなので不在である。
 例によって二人して大汗をかく。今日の大阪の予想最高気温は某局では38℃で民放では37℃と伝えていた。どちらにしても尋常ならぬ暑さだ。しかも午前8時半頃の時点で、その片鱗を見せている。つまりこの時点で家の温度計は軽く30℃を超えていたのだ。おまけに湿気も凄く高い。これぞ高温多湿と言ってよい。そんな暑さだ。拭いても拭いても汗がダラダラと流れてくる。日本の夏っていつからこんなに高温多湿になったのだろう。

 午前10時過ぎに家人の実家へと車を走らせた。いつもならほぼ100%の割合で僕が運転していくのだけれど、今回は家人が運転して僕は助手席だ。理由は、これから家人が一人で実家に行かねばならないことが発生するかも知れないからだ。そうなると家人一人で車を運転せねばならなくなる。
 ほとんど毎日運転している家人だから普通の道であれば何も問題ないが、高速道路となると話は別だ。数年前に当時乗っていた車が阪神高速道路の途中でエンコして止まってしまって死ぬかと思ったくらいの恐怖を感じ、それがしばらくの間トラウマみたいになってしまって、まともに高速道路を運転することができなくもなっていた。今でもできれば高速道路の運転はしたくないようだが、この度は現実問題としてそうも言ってられない事情ができてしまったのだ。
 しかし実際に運転させてみると、ほとんど問題がないと思えた。左車線をチンタラと走ればいいと思っていたが、以前の記憶がきちんと体に残っていたみたいで、行程のほとんどを右車線にて走り続けていた。
 下手ではない。もしかしたら僕よりも上手いかも知れない。しかし、これだけは言える。運転が粗いのだ。それだけが気がかりだ。

 特に渋滞もなく、約1時間ほどで家人の実家に到着した。

 実家に入ると義父が廊下で寝ていた。

 そう。
 廊下にタオルケットにくるまった、パジャマ姿のままの義父が仰向けに寝ていた。

 お笑いでやっているのではない。そうしているのには、そうしている理由があったのだ。

 実はこの2日ほど前、義父は熱中症になったのだ。
 その前兆としてスーパーで急に体調が悪くなりベンチに腰かけていたところ、たまたま近所の人がいて車で家まで送ってもらったらしい。義父はその時はまだ歩けていたようだ。

 翌日、いつもなら、まずありえないことが夕刊配達員さんによって発見された。
 朝刊がポストに残っていたのだ。
 更に生協の配達員さんも異変を感じたそうだ。詳細は割愛するが義姉が実家を訪れた際、居合わせた生協の配達員さんから少々おかしいというようなことを言われた。
 義姉が家の中に入ろうとすると生協の配達員さんも一緒に家に入ると言ったそうだ。何でも今までに何度か経験があったそうだ。その経験とは……。
 独居老人の家に配達に行ったところ、いつもならあるはずの返事がない。
 おかしい……。
 最終的に目にしたのは家の中で倒れて亡くなっている姿……。

 義姉と生協の配達員さんが家の中に入り、義父の部屋に行ってみると、部屋の中は異様なほどの高温状態で義父はベッドの上でぐったりしていたそうだ。いつもなら動かしているはずのエアコンは止まっていた。つまり長時間の間、エアコンを動かすことなく締め切ったままにしていた部屋は日中の強烈な暑さに異様なまでの高温多湿状態となり、その中で寝ていた義父は脱水症状を起こして意識をほぼ失くしていたのだった。

 いわゆる「熱中症」だ。

 義姉が呼びかけたところ義父は反応した。そして十分に水分を摂らせるなどの対処をしたところ何とか事なきを得たのだが、それでも義父の体調は思わしくなかったものだから義姉は救急搬送を考えたそうだ。しかしそれを義父に言ったところ義父から拒絶されたそうだ。それどころか医者に行くことさえも受け入れてもらえなかったらしい。

 義父はその年代の人間に多く見られるように変なところがガンコだ。はっきり言って「意固地」と言ってもいい。僕の実父もそうなのだが子供の言うことを素直には聞いてくれないのである。
 この時も義父は最後まで義姉のいうことを聞かず、結局病院には行かずに家で安静にさせたそうだ。
 
 すぐにこの話を義姉から聞かされた家人は今日、実家に行くことを決めた。そして昨日僕にそれを話し、僕も一緒に来たわけである。 義父が廊下で寝ていたのは、前述したような根本的な経緯があった上で、廊下という床の上の方が冷たくて気持ちがいいという理由からだ。

 義父の顔を見た時、顔色が悪いと思った。白っぽいのだ。つまり血色が非常に悪いということ。家人も同じように思ったそうだ。後から聞いたところ、この日の朝、用を足してトイレを出た際、体が軽く痙攣を起こし、トイレの前でしばらくの間動けなくなったそうだ。義姉が来ていた時も同じような痙攣を起こしたらしい。それが廊下でだったから、そのまま廊下で寝ていたらひんやりと冷たくて気持ちがいいから、だからそのまま廊下で寝続けていたということらしい。

 家人が義父に話しかけると、義父は少しずつ何かを思い出そうとしながら話そうとする。しかしうまい具合に言葉が出てこないようで目を瞑ったまま考え込んだようなしぐさばかりをする。

 頭が少し痛い。目に見える光景が上手く言えないが何だかよくわからない。
 少し話しては思い出そうとして考え込み、話をうまく繋げられない。いつもの饒舌な義父とはおおよそかけ離れた姿だ。
 家人がここに来る途中で買ってきた栄養ドリンクを義父に勧めた。上半身を起こしてそれをゆっくり飲む義父。すると少しばかり血色がよくなってきた。顔に明らかに赤みが帯びてきたのだ。
 そうこうしていたら義姉が戻ってきた。お昼ご飯を携えての上だ。
 しばらくの間、お昼ご飯を食べながら、義姉、家人、僕、そして義父の4人で話をした。
 今回の今に至るまでの色々なこと。
 義父が最近、きちんと食事を摂っていないんじゃないかということ。
 きちんと水分を摂っていなかったじゃないかということ。
 ビールばかりを飲んで、それで水分がきちんと摂取できていたと勘違いしていたんじゃないか。(ビールを飲むと逆に水分が消耗されるそうだ。)
 義父は僕たちの話に耳を傾け必要に応じて受け応えしていた。ゆっくりだけど話もきちんとしていた。きっともうしばらく養生すれば大丈夫かなと思った。

 しかし、そうは問屋は降ろしてくれなかった。

 その後、床の上で寝続けていたら体が痛くなるだろうから、ベッドできちんと寝た方がいいということで、義姉が義父を部屋へ連れて行こうとしたところ、それまでゆっくりとではあるが歩けていた義父が、部屋の入り口でまたもや体に痙攣を起こした。仕方なくベッドではなく畳の上で横にならせていたが、やはり様子があまりによろしくなかったものだから義姉が救急病院に電話で問合せた。すると救急車を呼んででもいいからすぐに連れてくるように言われた。
 義姉がそのことを義父に話すと、義父は今度は拒絶することなく、すんなりとそれを受け入れた。おそらく義父自身も自分の体の異変を受け入れざるを得ないと思ったのだろう。
 最初は僕が義父をおぶって車まで運び、そのまま車で救急病院まで連れて行くつもりでいたのだけれど、80代中盤の高齢者といえども義父はその年齢にしてはふくよかな中肉中背の体形で体重もそこそこにあったため、僕のような筋力のない50代では一人で持ち上げることなどままならなかったものだから、結局救急車を呼ぶことにした。

 数分後、救急車がやってきた。事前にサイレンを鳴らさずに来て欲しいという要望を出していたから、それは静かにやってきた。4人の救急隊員がてきぱきと作業をし、そして義父を救急車へと運んだ。
 僕はその様を見て救急車を呼んだことは正解だったと思った。僕一人、いや家人や義姉が手伝ってくれたとしても、義父を病院に運ぶどころか倒れ込んでしまった義父を車に運ぶことさえままならなかったんじゃないだろうか。そうして無駄に時間を費やしてしまうことで致命的な要因を作ってしまうことだってあり得るだろう。それを思った時、僕はゾッとしてしまった。

 病院に運ばれた義父は諸々の検査をして医師の診察を受けた。やはり症状から熱中症という診断がされた。幸いなことに他に病と思われるようなものはなかった。体が痙攣を起こしていたのも熱中症に起因するものであろうという見解だった。
 点滴を受けた義父は薬が効いてきたのか、先ほどとは別人のように元気になった。おまけに饒舌さ、いや毒舌と言ってもいいだろう、いつものような憎まれ口を叩き始めた。
 医者からは一応水分や栄養をきちんと摂ることと、暑いと思わなくてもしばらくはずっとエアコンを動かしておくように言われ、特に入院する必要はないと診断された。

 やれやれ、良かったと僕は思った。しかし僕たちは結局そのまましばらく義父を入院させることにした。点滴によって元気を取り戻しはしたものの、義父の足取りはまだまだあやふやだ。一人で歩くことができはするものの、このまま家に戻っても誰かが四六時中ついていることはできない。義姉も家人も僕も平日は仕事がある。近所に住んでいる義姉が朝夕に時間をずらして立ち寄ることはできても、それで不安は消えはしない。
 点滴の効果が切れた後、どうなるか。そのまま元気になってくれればいいが、そんな保証はどこにもない。再び誰もいない時に痙攣を起こして倒れるかもしれない。
 そう思うとこのまますんなり家に戻すことには不安しかなかった。病院である程度元気になってから自宅に戻らせた方がいい。
 医者に相談したところ、2~3日であれば入院して様子を見てもいいということで、僕たちとしてはそうすることにした。
 ところがこれに義父が素直に首を縦に振らないものだから困った。それまでは体調がかなり悪くて気弱になっていたからか僕らの言うことを素直に聞いてくれていたのだが、点滴の効果が出て、少し元気が戻っていた義父は、やっぱり憎まれ口を叩き続けてくれるのである。ああ言えばこう言うし、こう言えばああ言う。病院側が入院してもいいよと言ってくれても当の本人が承諾してくれなければどうにもならない。まったくこの時ばかりは老人特有の偏屈なガンコさに正直なところ僕は辟易してしまった。よくもまあそんな屁理屈が次から次に出てくるものだと感心しもした。しかし一つのことが決め手になった。
 小便の色だ。
 義父の小便の色がメチャクチャ濃かったのだ。それは僕と一緒にトイレに行き、立って一物からそれを放出した義父自身が一番よく認識していたことだった。それはすなわち体内の水分が全然足りていないということであり、義父はそれをよく理解していたのだ。そこに病院で既にもう1リットルも点滴を受けているということ、だから今一時的に体調が戻っているのだということを再度付け加えると、それで義父の抵抗はほぼなくなった。そして義姉が「じゃあそういうことで今夜は入院ね」と言うと義父は渋々それを承諾した。

 それからしばらくして病室に入った義父は更に点滴を受けた。その際僕が「小便の色が濃すぎるのは、やっぱりあんまり(体の具合が)よくないってことだと思いますわ」と話すと義父は、「そうやなあ。やっぱり濃すぎるのは良くないなあ」としみじみと話した。

 そんなこんなで午後6時半頃まで病院にいた。まさかこんな展開になるだなんて正直なところ家を出た際はこれっぽっちも思っていなかった。家で養生している義父の様子を見て夕方くらいには帰宅の途につくものと思っていた。

 熱中症、本当に侮ってはいけない。
 大丈夫と思っていても、義父のように自覚症状がないまま進行して、いきなり意識朦朧になるということが珍しくない。
 更には高齢者に限った話ではないのだ。老若男女誰しもが突然発症する可能性があるのだ。

 オマエが言うなって言われそうだけれど、毎日こまめに水分補給する。今の時期は1日に2リットル以上が目安らしい。そして必要に応じて冷房を入れることだ。暑いと感じなくても今の時期は相応に冷房を入れておく方がいいらしい。
 そう言われると家では日中はエアコンを動かさないという考えを基本にしている僕んちは、ひょっとしたら熱中症発症の最右翼なのかも知れない。冷房を入れないことが美徳だなんて考えをもし持っていたら、それは絶対に捨てるべきなのだろう。

 その後義父は順調に回復し、8月8日に退院予定である。願わくばこれを教訓にしてこの夏をうまく乗り切って欲しいと思う。
 
 

よろしければコメントなどを……