第112話 「鶯」って読めますか(2)

 そんなふうなのかどうか真相は不明だが、こんなクソ暑い中でも元気に鳴いている鶯は、僕にとってはやっぱり春告鳥だ。

 この家に引越してきて半年ほど経った頃のことだ。外の狭いテラス辺り(そこは普段ワンコがいる場所なのだが)でワンコが急に「ワンワン!」と吠え始めた。何をそんなに吠えまくっているのだと思ってテラスを見ると、天井あたりに、どこからか迷い込んだ一羽の小さな鳥が飛んでいて、そこから出ようとしていた。しかし、その小さな鳥は屋根にぶつかるばかりだ。
 と言うのも屋根がほぼ透明のアクリルで鳥にはそれがわからなかったようだ。しかもワンコに吠え続けられていたから、きっと焦っていたのだろう。ちょっと高度を下げれば簡単にそこから抜け出せるのに、逃げたいがために上へ上へと向かい、透明なアクリルの壁に阻まれている。
 ワンコもまだ仔犬だった頃だから、その姿が物珍しかったのだろう、必要以上に興味を示して「ワンワン!」と吠え、隙あらばジャンプして捕まえようとしていた。

 僕はその鳥が可哀想に思えたから吠えるワンコを制し、手で招くようにしてそこから出してやろうとした。しかし小さな鳥はワンコがいる上に更に僕みたいなでかい生き物が登場したから余計に怖くなったのだろう、無節操に上へ上へと向かおうとして、その都度やっぱりアクリルにぶつかりまくる。
 やがて小さな鳥は勢いのあまり、少し入り組んだ部分に入り込んでしまった。時期は初秋の晴天の午後。夏ではないにしても残暑の時期だ、朝から陽が当たり続けているテラスの屋根、特に金属部分は相応の熱を帯びている。あんなところに居続けては間違いなく死んでしまう。

 そう思った僕は、その鳥の救出を試みた。とは言ってもどうやって救い出せばいいか見当がつかない。仕方なく家にあった小さな網で何とか小鳥を引っ張り出そうとしたのだ。しかしその少し入り組んだ部分の様子を窺ってみたものの反応がまったくない。逃げようとしているのなら何かしらの反応があるはずだが、本当に何にもなかった。可哀想だが外に出て欲しかったから、周りを少し叩いたりもした。出てこないにしても、中で少しは動いたりして反応を示すのではないかと思ったのだ。しかしそれでもやはり何の反応もなかった。もしかしたら中に穴でも空いていて、そこからうまく逃げたのだろうかとも思った。

 このままでは埒が明かないと思った僕は意を決して、その中に手を入れてみた。すると手に何か小さな個体のようなものが触れた感触があった。その瞬間、ドキリとした。

 それはあの小さな鳥で残念ながら既にこと切れていた。

 休むことなく飛び続けていたがために心臓発作を起こしたのか、それともテラスの金属部分に滞留していた熱にやられたのか、それとも単に寿命だったのか、理由はわからないが小さな鳥はもうピクリとも動かなかった。

 僕はその小さな鳥の亡骸を近所の空き地に埋めた。うちのテラスに迷い込みさえしなければ、きっとまだ元気に飛び回っていただろうと考えると可哀想なことをしたと思った。もちろん、こうなってしまったことに対しては僕にもワンコにも責任はなくて、ただただ不幸な偶然があの鳥を襲ったからなのだけど、それでも何とか助けてやりたかった。正直なところ「訳のわからない鳥がうちのテラスに居座りでもしたら、たまったもんじゃない」と思ったのも事実だけれど、迷える鳥を目にしたら誰でもやはり逃がしてあげたいと思うだろう。

 僕は後々になって、あの小さな鳥は何の鳥だったのだろうと考えた。残念ながら僕は鳥に詳しくはない。鳥と言えば鶏、カラス、鳩、雀、とんびくらいしか知らない。はっきり言ってインコと文鳥の区別もつかないレベルだ。そんな僕がわかることと言えば、あの小さな鳥は、それらではなかったということくらいだ。ただその体が薄緑っぽかったことを考えると、もしかしたら、あれは鶯だったのかも知れない。

 それに気付いた時、僕はすごく残念に思った。引越してきたその年に、迷い込んで来たのが「春告鳥」である鶯だったとしたら、それはそれは縁起の良いことだと思えたからだ。もしかしたら僕たちに幸せを運んできてくれていたのかも知れない。そうでなくても、もしかしたら僕の家辺りを行動範囲内とし、あの趣のある優美な鳴き声を折々に聞かせてくれていたかも知れない。

 しかし現実には死なせてしまった。あの小さな鳥が鶯であったかどうかは、今となってはもうどうやってもわからないが、もしかしたらせっかくの幸運を僕はみすみす手に入れ損なってしまったのかも知れないと思うと今も何だかやり切れないのである。

 最後に「鶯」という漢字だが、僕はこの漢字は難なく覚えた。理由は少し行ったところに昔からこの文字を使った地名があるからだ。(具体的な地名をここに記載するのは何かしらの問題を発生させる可能性があるので控えさせて頂く。)そこを通るたびに嫌でも町名標識が目に入ったし、地域的行事があれば何だかんだで「うぐいす」ということばが耳に入ってきた。小さい頃からそういった環境にいると人間というものは覚える気がなくても覚えてしまうものだ。もちろんそれは「鶯」に限った話ではなくて、何でもそうなんだろうが……。
 ちなみにやっぱりあそこには鶯がたくさんいるのだろうか。そしてやっぱり今のこの時期でも、そこらじゅうで「ホー、ホケキョ」と鳴きまくっているのだろうか。機会があれば調べてみたいと思う。
 
 
 
【2017年7月14日金曜日記す】

第112話 「鶯」って読めますか(2)” に対して 2 件のコメントがあります

  1. ちゅっぴ より:

    鶯ではなく、メジロだったかもしれませんよ。我が家は片田舎ですので庭先によく鳥が飛んできますが、
    鶯はめったに遊びには来ません。大体は色がそっくりなメジロです。でもどっちにしてもかわいそうな結果になりました。
    鳥の名前。そういえば、百舌鳥・・どこから「も」で、どこからが「ず」なんでしょうか。

    ぜんぜん関係ないけれど。
    今でこそ、よくラノベの主人公なんかに使われる苗字ですけど、昔昔、初めて『小鳥遊』って書いて「たかなし」聞いた時、その理由にああ、なるほど、と感心しました~。

    1. いくたしば いたる より:

      ちゅっぴさん こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      >鶯ではなく、メジロだったかもしれませんよ。我が家は片田舎ですので庭先によく鳥が飛んできますが、
      >鶯はめったに遊びには来ません。大体は色がそっくりなメジロです。でもどっちにしてもかわいそうな結果になりました。

      今となっては確認のしようがありません。
      昔も今もそうですが、やっぱり鳥の種類はあまりよくわかりません。
      もしまた何かしらの鳥が迷い込んできてもわからないでしょうね。
      もちろん、雀や燕の類ならわかるでしょうけど。

      僕はやっぱり焼き鳥が好きです。
      (ってこんなこと書いたら風情も何もないですね、ははは。)

      >鳥の名前。そういえば、百舌鳥・・どこから「も」で、どこからが「ず」なんでしょうか。

      だいたい2文字にどうして3文字の漢字があてはめられたのか?
      ネットで検索してみましたが、納得のいく答えは見つかりませんでした。

      >ぜんぜん関係ないけれど。
      >今でこそ、よくラノベの主人公なんかに使われる苗字ですけど、昔昔、初めて『小鳥遊』って書いて「たかなし」聞いた時、その理由にああ、なるほど、と感心しました~。

      確かに「なるほど」と思いました。
      でもその姓である本人様たちは、その姓に面倒くさいって感じることが多いんじゃないかな。
      実は僕自身も少々珍しい姓だったりするもんですから……。

よろしければコメントなどを……