第109話 御礼参りに行こうと思っている(1)

◆僕は近々御礼参りに行こうと考えている。
 これは必ず行おうと思っているが、その前にちょっと考えてみたい。

「御礼参り」と書くと、この文字を見た人はどう思うだろう。
 実は僕なんかは単純に他人から「御礼参り」という言葉というか文字を見せられたりした時に頭に浮かぶイメージは何かと言えば、それは「仕返し」である。

 どうして「御礼参り」という言葉の向こうに「仕返し」という言葉が存在するのかと言うと、「御礼参り」という言葉を覚えた際に併せて耳に入ってきた言葉が「仕返し」だったからだ。
 この件について、もう少し具体的に書こう。

 それは僕が高校を卒業する頃だった。
 確か「公民」という教科の最後の授業だったと思う。
 担当の先生は明るくて面白いというタイプではなく、どちらかというと堅物っぽい感じの先生であったのだけれど、授業の際の口調が落語家みたいな話し方をする人だった。それゆえ「公民」という、他よりも真面目腐った教科の授業で内容もお堅いものばかりであったにも関わらず、その真面目な話が、どこか落語のように聞こえたことが珍しくなかった。
 僕は特に「公民」という教科が好きではなかったし、その先生自体も大して好きではなかったのだけれど、その「落語家がクソ真面目なことをどこかとぼけた感じで淡々と話す」というような授業が何だか面白くて、僕にしてはけっこう真面目に話を聞いていたものだった。
 そんな授業の中で落語家のような話をする先生が、卒業間際に話したのが「御礼参り」のことだ。それはもちろん「公民」という教科に関係する話ではない。

「御礼参り」
 それは卒業式当日、無事に学校を卒業した生徒たちが教師の元にやってくる。
 通常「御礼参り」と言うと、その言葉どおり、生徒が教師に御礼をしに来るということだ。つまり「これまでお世話になりました。ありがとうございました」と教え子が教師に御礼を言いに来るのだ。

 しかし、この先生が話したのは、このようなありきたりの話ではない。御礼は御礼でも「こるぁ先公! 今までよくも俺たちを散々な目に遭わせやがったな! 今日はきっちりその御礼させてもらうからな!」と、ヤンキー系生徒たち、もしくはちょいワル生徒たちが在校中の生活指導に対する仕返しをしにやってくるという「御礼参り」の話だ。

 本気か冗談かわからなかったが、それまで堅物の落語家のような振る舞いをしていたその先生が、その話をした時は少しお茶目な落語家のようになっていて、まるで「そんなバカなことを俺には決してしないでよね」とでも言っているかのように見えたものだから思わず笑ってしまったことを今でも覚えている。

 今のご時世ではあまり想像できないだろうが、当時はまだそういう「御礼参り」が廃れてはいなかったのだ。そして、そういう時代を通り過ぎて生きてきたからだろう、僕の頭の中にある「御礼参り」という言葉の第一意(「第一位」ではなく、一番目の「意」ということ)は、未だにやっぱり「仕返し」になってしまっているのである。

 たぶん今の若い方々には、こういう認識はないと思うのだが、さていかがであろうか?

 じゃあ今回書く話も「御礼参り」と書いていながら実は「仕返し」の話なのかと訊かれると、答えは「NO」だ。
 これから書こうとしていることは純粋に御礼をしに行きたいという話である。

 いつものことながら前置きが長くなった。本題に入ろう。

(次回「第110話 御礼参りに行こうと思っている(2)」に続く)
 
 
 
【2017年7月11日火曜日記す】

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