第8話 少しショックを受けたこと

◆この前の日曜日の午後、嫁さんと二人でテレビを観ていた。と言っても特に観たいものがあったわけではなく、暇潰しのようにボケーっと観ていたのだ。
 いったい何の番組を観ていたのか、そしてどんな場面を観ていたのか、今はまったく忘れてしまったのだが、何かの場面を観たことがきっかけで、僕が、昔々結婚する前の年の正月に嫁さんと二人で嫁さんの実家の近くにある有名な神社に行って手相を見てもらった際のことを思い出し、それを嫁さんに話した。

 その内容はというと、僕自身がそれまでに手相というものを一度も見てもらったことがなかったので、ちょうどいい機会だから、そういう場所があれば見てもらおうと思っていて、ちょうどその神社の参道にそういう場所があったので見てもらったという話だ。

「あの時、手相を見てくれると思ったのに、あの占い師ときたら手相なんてチラッと見ただけで、あとは生年月日だけで勝手に好き勝手なことを言ったんだ」
「ふーん、そうだったっけ」
「俺のことを『根性がない人間』とか、『大金持ちにはならないけど、小金持ちになるかもしれない』とか、さんざん貶して、それで運勢が悪いから今すぐお祓いを受けろって祈祷申し込み用紙を差し出してきたじゃないか」
「そうだったっけ。わたし、全然覚えてない」
「覚えてないの? その後『彼女も手相見て欲しいよね』って言われて、君も喜んで見てもらっていたじゃないか」
「……」
「それで、もうすぐ結婚するって話したら『今結婚するのはよくない。今結婚したら失敗するかもしれない』って言われて、また『今すぐお祓いを受けなさい』って祈祷申し込み用紙を差し出してきたじゃない。しかも横にいた古参の婆さん占い師までしゃしゃり出てきて『お祓いを受けなさい』ってしつこく言われたじゃない」
「そうだったっけ……?」
「手相拝見料だけで二人で6000円も取られた上に更に祈祷料15000円とか言い出してきたから俺がキレかけたじゃん!」
「よく覚えているね、そんな昔のこと」
「本当に覚えていないの?」
「うん、覚えていない。二人でそんなところに行ったっけ?」
「じゃあ結婚した次の年の正月に二人できちんと正装してXX神社に行ったことは覚えてる?」
「いつの話? ごめん、全然覚えてない……」

 僕は嫁さんのこの受け応えにちょっとショックを受けてしまった。
 自慢するつもりは更々ないのだけど僕は結構記憶力が良くて、周りの人がすっかり忘れてしまっていることを僕だけはしっかりと覚えているということがよくある。それはけっこう良い能力と言えるのだろうけど、重要なことだけでなく本当にどうでもいい事とか、しょうもない事、くだらない事までも覚えていたりして、そういう周りが忘れてしまっているようなどうでもいいことをベラベラ話したりしてしまうので、ある意味周りから鬱陶しく思われるだけでなく自分でも鬱陶しく思ったりするのだ。今回もどうやらその類らしく、嫁さんの顔には「そんな昔の話、どうでもいいじゃない」とでも言いたそうな表情が浮かんでいるように見えた。

 仕方あるまい。興味のない話に付き合わされるのは僕だって嫌だ。たとえ身内でも聞きたくない時は聞きたくないものだ。だからそういう表情を見え隠れさせる嫁さんを責める気など毛頭ない。
 とはいえやはり「覚えていない」と言われると、ちと寂しいものだ。しかもそれが嫁さんと二人でしか共有していない記憶であるから尚更と言っていい。自分がしっかり覚えていても片方が忘れてしまえば、それはもう共通の記憶ではなく僕だけの記憶に成り下がる。下手すればこの先「あんたの妄想」もしくは「あんたの勘違い」と言われるかもしれない。

 歳を取る、年月を重ねるということは、こういうことでもあるのかしらと思いつつ、僕が「そうか、もう忘れたか。仕方ないよな。もう四半世紀以上も前のことだもんな」と話したところ、テレビを観ていた嫁さんがぼそっと口にした。

「いいじゃないの。『結婚に失敗』は当たっているんだから」

 これが「少しショックを受けたこと」である。
 
 
 
【2017年2月21日火曜日 記す】

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