第4話 古いカセットテープ(3)

◆もう一本の古いカセットテープ。

 両面で120分のものなのだけど、これも一切メモの類がなく、もちろん記憶から完全に消えているものだ。

 躊躇することなく、そのカセットテープを再生させた。
 始まりはギターを奏でる音からだ。
 このイントロには聞き覚えがあった。サザンオールスターズの「忘れじのレイドバック」だ。そして歌声が聴こえ始めた。紛れもなくこれも若かりし頃の自分の声だ。しかし、これがいつ録音されたものなのかがわからない。
いったいいつだったのだろうかと考えていたら自分以外の声がコーラスとして聴こえ始めた。
 この声は……?

 思い出した。一番最初に勤めていた会社の2年か3年ばかり下の後輩の声だ。どうしてあいつと一緒に歌っているのだろう?

 再生し始めて20分ほど経った頃か、若かりし頃の自分が「今日は1989年……」と喋った。それに呼応するかの如く、今の自分の頭の中に少しずつ当時の記憶が蘇り始めた。
 1989年。あの頃、一時期だったけど、この後輩とよく二人で歌っていたのだ。
 当時は僕も彼も仕事の都合で横浜に住んでいて、彼が僕の部屋に来ては二人でギターを弾きながら、あれやこれやと歌っていたのだけど、このテープに録音されているのは、まさにその始まりの際のものだ。
 確かたまたま彼が僕の部屋にやってきて、置いてあった僕のボロいギターを弾き始めたのだ。そして彼のギターのうまさに僕がびっくりして、「あれを弾いてくれ、これを弾いてくれ」とリクエストしたところ、彼は難なく応えてくれたのだ。そして自然と歌い始めたのだ。
 このテープはその時の様子を録音したものだ。

 そうなのだ。だからギターの音色がいいのだ。さっきまで「僕にしてはうまいギターだなあ」と思っていたが、この時弾いていたのは僕ではなく彼だったのだ。

 それにしても懐かしい。このテープは録音状態が非常に良いからか(たぶんコンデンサーマイクを通して録音したんじゃないかと思うのだが)、コンポステレオできちんと再生させると、スピーカーからはまるでそばで若い二人がセッションをしているように聴こえてくる。そしてそれが二十数年経った今でもクリアなものだから、目をつぶっていると本当にそれが現実であるかのような錯覚に陥るのだ。

 僕は丸々2時間という間、そのカセットテープに録音されているものを聴き続けた。それはまるで、あの日、あの時、あの場所に、今の僕がこっそり潜んで二人の歌を聴いているというような感覚だった。きっとタイムマシンで過去に戻るとか、死ぬ間際に過去の自分の姿を垣間見たりするとかって、こんな感覚なのではなかろうか。
 でも2時間のテープが終わって現実に引き戻された時、僕は思った。

 何て残酷なのだろう。

(次回「第5話 古いカセットテープ(4)」に続く)
 
 
 
【2017年2月16日木曜日 記す】

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